SxSW2013旅行記 第1章 第2節

このSxSW旅行記は、2013年3月にアメリカ合衆国テキサス州オースティンにて行われた、世界有数の祭典であるSxSW(サウスバイ・ サウスウエスト)にOpenPoolが出展したもようを、OpenPoolとともにテキサスの大地を旅した田畑氏が描く、数回にわたる連載記事です。 SxSWに参加するとは一体どういうことなのか、その雰囲気を共有することができたら幸いです。
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飛行機の中で僕は、最近流行っているという映画を見たり、座席に付いた液晶画面の上でプレイできるゴルフゲームをやったり、それにも飽きると、Austinで食べるBBQはさぞうまいんだろうなどと、食べたばかりのラーメンや機内食のことも忘れて気楽に考えたりして時間を過ごした。巨大な金属の機体が高度一万メートルの風を切って飛ぶ轟音に耳を塞がれ、何度も浅い眠りを繰り返しながら、身体の中には微熱のような疲労が蓄積されていく。何をするにも、フライト中はなかなか集中力がもたない。作業効率が悪いので、学会に行く時なども僕は大抵寝てばかりだ。最初の一~二時間ほどは、隣に座った杉本のほうからは頻繁にパソコンのキーボードを打つ音が聞こえた。薄目を開けて見ると、搭乗前に見せてもらった消音機能付きのヘッドホンを被って、白く光るパソコンの画面を見つめていた。それでも、彼もまたすぐに眠りに落ちた。通路を挟んで座った下川くんは、それこそ離陸直後からアイマスクを被って微動だにしない。昨夜はあまり寝れなかったのだろうか。二人にしてみれば、起きている間は緊張の連続だろう。現地から送られてくるメールにも、後発組とのSNS上でのやり取りでも、そこには常に本番へ向けてのカウントダウンの音が聞こえていたはずだ。二人にとって、OpenPoolはある意味人生を賭けた挑戦でもある。少なからず、平穏な日常を犠牲にここまで来たのである。空港へ向かう電車の中で、僕のカメラは時折彼らの視線を要求した。そこには毎回、あの複雑な高揚を湛えた表情があった。生真面目かつ沈着で質実な一等航海士スターバックの期待と不安に苛まれる不器用な微笑を、勇猛かつ人心を掴むことに長けた船長エイハブの「モービィ・ディック」の名を大企業の某に読み換えて話すときの虚ろな瞳の色を、僕というイシュメルはそのとき見たのである。

一団の船出は、こうした独特の緊張感を伴っていた。眠りこけた先発隊の三人を乗せた飛行機は、ひとまずロサンゼルス空港(LAX)に向かう。LAXでは、国内線への乗り継ぎがあった。到着したのは午後六時頃だったろうか。次のMemphis行きは再び深夜便だったので、そこからまだ何時間も待たなくてはならなかった。Baggage Claimで一度受け取った荷物を乗り継ぎカウンターに預けてから、下川くんと杉本のパソコン用の電源を求めて空港ロビーをさまよった。運良く見つかったコンセントは、空港の警備オフィスか何かの目の前のベンチにあったのだが、僕らは受付のスタッフから向けられる視線に構うことなく、すぐ傍にあったStarbucksで買ったラテを持ってそこに並んで居座った。そうして僕以外の二人は再びそれぞれの作業に没頭していく。僕はというと、アメリカン・サイズのラテを啜りながらカメラを持ち、スーツケースを引いてベンチの前を横切って行く人々の流れを角度の付いた構図で撮影することに熱心だった。空港の出入口の大きなガラス扉から見えるバス・ストップには、ロス市街へ向かうらしい大型のシャトルがひっきりなしに往来していた。聞いた話では、LAXの乗り継ぎ待ちの間に市街へ遊びに行く人も多いらしい。それは、僕には願ってもないことで、二人の作業を横目に見ながらぼんやりと時間を過ごしているよりかは、ロスの街でちょっといい感じの夕食にありつくほうが旅行者の本懐に決まっていた。ふとそんな話をしてみると、思いがけず、杉本の「いいですね」という反応があった。パソコンのキーボードを叩き続けながら、「確か、タクシーで三十分くらいだから」と言った彼の声には、どうも何か当てがあるらしかった。

僕らは空港からイエローキャブを走らせた。そのドライバーが陽気だがもうろくな老人で、随分とアクセルを吹かしてくれたおかげだろうか、目的地までは実際十五分とかからなかった。市街は思ったよりも暗かった。夜九時にもなると、すでに閉まっている店舗も多く、街灯の光だけが物寂しく等間隔に並んで道を照らしていた。その中に一軒だけ、煌々とクリスマス・ツリーのように電飾を着飾った建物があった。真っ白な壁は、植込みの緑と好対照を成していて、大きく「Literati Café」という文字が書かれていた。

店に入ると、小太りな黒人女性が愛想の良い笑顔で僕らを迎えた。レジカウンターにあるショウ・ケースの中には、ケーキ等の菓子類がまるで今作ったばかりのように一片も欠けないで入れてある。めずらしく先に立って注文に向かう下川くんの表情はどこか嬉しそうだ。ここで食べた夕食については残念ながら写真は残っていないが、確か、大量のパストラミが入ったサンドイッチと、例によって大量のフライドポテトだったはずだ。それに、やたらと粉っぽくて旨くないコーヒーを付けた。店内には客が多くいた。特に若者が多いなと思って見ると、おそらくほとんどはUCLAの学生ですよ、と杉本が言う。何の根拠があるのか知れないが、もしその通りなら確かに夜遅くまで開いているカフェの需要はあるだろう。実際、外に出れば、街はほとんど寝静まっているに等しい。彼らは皆、忙しそうだった。ある者は、黙々と下を向いてパソコンのキーボードを叩いているし、画面をじっと見つめたまま眉間に皺を寄せて動かないのもあった。また、大テーブルには輪になって何かを真剣に議論しているグループもあった。その中の一人がトイレに立つと、道すがら別のテーブルの誰かと短く言葉を交わしていた。彼らは、お互いになんとなく知り合いなのだろう。だとすると、杉本の言ったことはまんざら的外れではないかもしれないと僕にも思えた。

そんな僕を観察していたのか、頃合いを見計らったように、ここがLab-Caféを創るきっかけになった場所なのだと、杉本は言った。そして聞けば、OpenPoolのルーツもここにあるという話である。OpenPoolは、キネクトと呼ばれる立体情報を読み取るセンサーを使い、ビリヤード台(pool table)上のボールの位置をデータ化し、そこに様々なエフェクトを付けて新しいゲームを創造していく。その過程は所謂縦型のプロジェクトではなく、エンジニアやデザイナーやミュージシャンといった様々な能力を持った人が同じ場所にいることで自然発生的に成立するそれである。これを、interactive communicationなどと言ったりもするそうだが、それが日常的に行われている場所がこの「Literati Café」なのだ。杉本は、数年前にUCLAの友人を訪ねたときにそれを体験したという。下川くんもまた、彼がインターンでこちらに来ているときに同じ経験をした。彼らは自分でも言っているが、一言で言うと、その経験に「魅せられた」のである。思い付いたときには、そこに壮大なゴールがあるわけでもなく、ただ何か面白いことが起こる「場所」を自分の手の届く範囲に置いておきたかったのだろう。まず、杉本がそれをLab-Caféとして実現した。そして、その中のinteractive communicationがOpenPoolを生んだのである。さらに、二人はそれをもう一段外側へ広げたいらしいと、このとき彼らの話を聞いて僕は理解した。その瞬間の僕には、僕たちの宇宙がインフレーションを起こすように広がっていくイノベーションの世界がぼんやりと見えていたかもしれない。

sxsw1-2
(Literati Caféにて、彼らのルーツを知った)

 

このSxSW旅行記は、2013年3月にアメリカ合衆国テキサス州オースティンにて行われた、世界有数の祭典であるSxSW(サウスバイ・ サウスウエスト)にOpenPoolが出展したもようを、OpenPoolとともにテキサスの大地を旅した田畑氏が描く、数回にわたる連載記事です。 SxSWに参加するとは一体どういうことなのか、その雰囲気を共有することができたら幸いです。
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— 第1章 第3節へ続く